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千葉地方裁判所 昭和44年(ワ)312号 判決

原告 香山秀生こと李錫晧 外二名

被告 千葉県公安委員会

主文

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは「被告は原告らに対し金一〇〇〇万円とこれに対する昭和四四年六月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「1、原告らは共同してパチンコ営業をなすことを計画し、八千代市八千代台北一丁目九番地に土地を買い求め、地上にパチンコ営業用の建物(以下パチンコ店という)を建築したうえ、昭和四一年九月二六日被告に対し原告李錫晧名義で千葉県風俗営業等取締法施行条例(以下条例という。)に基づく許可申請をしたところ、被告は同年一一月一八日パチンコ店の位置が近隣の医院から二九・九メートルしか離れていないとの理由で不許可の処分をした。2、しかし、被告は慣例としてパチンコ店と近隣の医院との距離が三〇メートル離れていればこれを許可していたのであり、原告らはパチンコ店の外側の柱の中心から近隣の医院までの距離を三〇・〇五メートル離してパチンコ店を建築したのであるし、仮にそうでないとしてもその不足分はわずか一〇センチメートルにすぎないのであるから、被告が原告李に対して不許可処分をしたのは許可権を濫用したもので違法である。しかも、原告らが昭和四二年二月一五日原告堀井理作名義で同様の許可申請をしたのに対しても被告は同年五月一五日不許可の処分をなし、同年一〇月一七日原告李名義で重ねて許可申請をすると、被告はようやく昭和四三年八月二三日になつてパチンコ営業の許可を与えたが、被告が原告堀井に対して不許可処分をなし、原告李に対して許可処分を遅らせたのは前と同じ理由により違法である。3、そのため、原告らは、被告が許可を与えるべきであつた昭和四一年一一月一八日から許可が与えられた昭和四三年八月二三日までの約一年九か月の間パチンコ営業を行なうことができなかつたので、その間土地購入、建物建築その他の準備資金を寝かせたことによる利息相当損害金とその間の得べかりし利益の喪失として一〇〇〇万円を下らない損害を受けた。4、よつて、原告らは被告に対し損害金一〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年六月一八日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」と述べ、右の陳述をなすと同時に、「本件訴状に被告の表示として『千葉県公安委員会代表者委員長茂木佐平治』と記載してあるのを『千葉県代表者知事友納武人』と訂正し、請求の原因1ないし3にそれぞれ『被告』と記載してあるのをいずれも『被告の公安委員会』と訂正する。」と述べ、その理由として、「千葉県公安委員会は本来民事訴訟の当事者能力を有しないのであるから、同委員会に対する訴えは当事者能力を有する千葉県に対する訴えとみなされるべきであり、このような場合には当事者の補正が許されるべきである。」と述べた。

被告は主文と同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、「1、原告らは被告の表示を千葉県公安委員会から千葉県へ訂正すると主張するが、それは被告の変更になるのであつて、単なる被告の表示の訂正にとどまらない。2、原告らの訴えは千葉県公安委員会が違法な行政処分をしたことによつて原告らに損害を加えたことを原因としてその賠償を求めるものであるから、通常の民事訴訟である。通常の民事訴訟においては訴訟脱退と訴訟引受、訴訟手続の受継など特別の規定がある場合を除いて当事者を変更することは許されない。3、被告は地方公共団体の執行機関であつて、私法上の法律関係について権利義務の主体となることはないのであるから、通常の民事訴訟における当事者能力を有しない。したがつて、原告らの本件訴えは不適法である。」と述べた。

理由

本件記録によると、原告らは昭和四四年六月四日受付の訴状をもつて千葉県公安委員会を被告として本件の訴えを提起し、訴状の副本が同月一七日同委員会に送達され、同委員会から「被告は本案前の抗弁3の理由により主文と同旨の判決を求める」旨を記載した答弁書が提出されて、答弁書が同年七月一五日原告らに送達されると、原告らは「訴状に被告の表示として千葉県公安委員会と記載してあるのを千葉県と訂正する」旨を記載した準備書面を提出し、その準備書面が同年九月三日同委員会に送達され、同委員会から「被告の表示の訂正は本案前の抗弁1と2の理由により許されない」旨を記載した準備書面が提出され、その準備書面が同月一七日原告らに送達されたこと、昭和四五年六月一二日の第六回口頭弁論期日において原告らは訴状と準備書面に基づいて陳述をなし、被告は答弁書と準備書面に基づいて陳述をなしたこと(なお第五回口頭弁論期日は千葉県公安委員会に対して期日の呼出状の送達をしないで開かれたものであるから、同期日における口頭弁論の手続は違法である。)およびこの間昭和四四年七月一五日の第一回、八月二〇日の第二回、昭和四五年一月三〇日の第三回の各口頭弁論期日はいずれも千葉県公安委員会あてに呼出状が送達されたが、いずれも延期となり、三月一〇日の第四回口頭弁論期日は千葉県あてに呼出状が送達されて延期となつたのち裁判官の更迭があつて、裁判所は千葉県を被告として指定されていた五月一五日の第五回口頭弁論期日を取り消したのち、千葉県公安委員会あてに呼出状を送達して第六回口頭弁論期日を指定告知し、これを開いたこと、以上の事実を認めることができる。

そうすると、

原告らの訴えは訴状が千葉県公安委員会に送達されたことによつて訴訟係属が発生したのであつて、原告らは最初になされた口頭弁論期日(第六回口頭弁論期日)の前に被告の表示を訂正する旨の準備書面を提出しているけれども、それより前に被告の答弁書が提出送達されて原告らは被告の本案前の抗弁を知つたのちに被告の表示を訂正する措置を講じているのであるから、原告らの準備書面による被告の表示訂正の申立てをもつて不適式な訴状を補正する申立てにあたるとみるのは相当でない。そして、訴訟の当事者を確定するのには訴状の表示を基準とするのが相当であるところ、本件訴状の被告の表示欄および請求の趣旨原因欄の記載ならびに訴状添付の訴訟委任状の委任事項記載によると、原告らは千葉県公安委員会を被告として訴えを提起したことが明らかである。ところで、原告らの訴えは千葉県公安委員会の違法な行政処分によつて損害を受けたことを原因としてその賠償を求める国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求訴訟であるから、千葉県公安委員会がその訴訟の当事者能力を有しないことは後記のとおりであるけれども、地方公共団体の執行機関である千葉県公安委員会は地方公共団体である千葉県と人格を異にするものといえる。したがつて、被告の表示を千葉県公安委員会から千葉県へ訂正するとの原告らの申立てはすでに確定された被告を別の人格者に変更する内容を含むものであつて、同一の人格者間の問題である被告の表示の訂正の範囲を超えているといえる。そして、本件のような通常の民事訴訟において当事者を変更することのできるのは訴訟承継などの特別の規定がある場合だけであつて、これを除いては許されないと解するのが相当であるから、原告らの申立てにかかる被告の変更は不適法であり、許されない。被告は地方公共団体の執行機関であつて、原告ら主張の損害賠償義務を負うべき権利能力を有しないから、原告らの本件訴えについても当事者能力を有しない。

してみれば、原告らの訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

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